いらっしゃいませ――、お世辞にも細いとは云えぬ成人男子の能く通る声に素の士気で
迎えられて、話には聞いてたけど、とあやねは思わず凍結した。
 百八十五糎の無駄のない体躯に、ピンクのフレアスカートを鎧った底無しに陽気な顔が、
ひしゃげたセルロイドのお面みたいな笑みを浮かべた。
「深っちゃん久しぶり!」
「ひ、ひさしぶり」
 竹久君――。
 引攣り笑いを浮かべたあやねの、視線は眩い金髪の鬘に釘付けだ。




“I Hate It”




 ぎゃあ――と、悲鳴のような笑い声が背後で挙がった。
「夢やんマジ女装してるし!」
 顔見知りらしい女子に文字通り指差して笑われた竹久は、ボブカットの金髪をさらさら
靡かせながら咬みつきそうな顔をした。
「ッたりめえだろ! 嘘吐いてどうすんだよ!」
「だって普通にさあ、奥で映画演ってんでしょ? 接客しなくってもさあ」
「接客っつかそれもう厭がらせ」
「っせえよ! なら来んな!」
「竹久さん。客、客」
 接客業上一二を争う禁句を全力で口にした竹久を、こちらは至って普通の身態――濃紺の
ジャージによれたジーンズ――の、極端に小柄な少年が何故か含み笑いで窘めた。二人の
女子はまたひと頻り賑やかな笑声を挙げて後、吉ちゃんこないだぶり――と騒ぎながら
いきなり少年の顔を引っ張った。
 見ているあやねの方が吃驚して頬を押さえた。抓られた感触すらあったような気がする。
それにしても善く伸びる顔、と、うっかり明後日の感動をした。どうしたものか、返された
のは空気の抜けた風船のような笑顔だ。
「いひゃい」
「うっわ笑ってる! 笑ってるし!」
「キモい!」
 ――意味がわからない。
 茫然とことの経過を見守っていると、雑な字で<もも>と殴り書かれた透明な合成樹脂の
コップを所狭しと乗せた丸盆片手に、いっそ凛凛しい横顔の竹久が跫も勇ましく駆抜けて
行く。
「お待たせしました――」
「あの、竹久君、あたし」
「あ」
 寸暇出てくるね、と言いかけたあやねを見て、抗い難いほど邪気のない笑顔で竹久が
奥の席を指差した。
「っさー、今中めっちゃ混んでてさあ。そこ座ってそこ」
「…う、ん」
 ありがとう、と



 



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君が「それが現実よ」って言ったら たまらなく嫌なんだ
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