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「ぼくらの
3
時間戦争」
「何でも醤油かけりゃいいってもんじゃねえだろ」
「善いんだよ。知ってるか? 本邦で西洋ほど
香辛料
(
スパイス
)
が発達しなかったのはな、醤油と
味噌があった所為なんだよ。それくらい汎用性の高い優れた調味料なんだ醤油ッてのは。
目玉焼きぐらいお手の物さ」
毎週金曜五時からのサークル会議――とは名ばかりのだべり場――に石川が顔を出すと、
二年集団の最後尾で何やら諍いが起きていた。例によって例の如く、谷崎と宮沢だ。また
頭が良いのか悪いのか判断に苦しむ舌戦を繰広げている。目玉焼きに誰が何をかけたところ
で世界が滅びるわけでもあるまいに、余程馬が合わないか、それとも近親憎悪かのどちらか
に違いない。石川など気分によって素のままで食べてしまう時もあるし、基本は塩胡椒だ
けれど目につけば醤油も塩も、マヨネーズだっていける口だ。でも今の気分はケチャップ
だな――と、藤岡が作ってくれたオムライスを思い出したりしながら二人の後ろに腰掛けた。
その時は少し気詰まりに感じたりもする癖に、少し離れるともう懐かしい。人恋しい季節に
なった所為だろう。水曜一限の体育――卒業生にして――に嘘みたいに颯爽と出てきて、
一年女子に囲まれる中原を見た時に、一抹の羨ましさを感じてしまったのも屹度この寒さの
所為だ。
その中原はと云えば、四年席のど真ん中辺りで、畳んだ椅子の背凭れに腰を降ろして
前列の椅子に脚を投出している。NOVAの新しいキャラクターは眼が怖いとか何とか、相も
変わらずどうでもいい話をまったりとしながら。今日のTシャツはスーパーミルクちゃん
だ。思わずチェックを入れてしまった。あれ以来どうにも、なんか狡い、と云う印象が拭い
去れない。
「石川は?」
「え?」
目玉焼きだよ――。いきなり話題を振られ、ぽかんと訊き返す石川に、宮沢はほとほと
愛想が尽きたと云う顔をして、谷崎は谷崎で似合いもしない気遣わしげな笑みを浮かべた。
なぜ自分が見下ろされる立場になっているのだろう。どっちが低
次元
(
レベル
)
だと思っているのだ。
釈然としない。
「な、なんよ」
「もう善い」
「気にするなよ石川。人間誰しも惚けッとする時くらいある」
物凄く釈然としない。思わず絶句する石川を余所に、前の列でまた啀み合いが始まった。
内容が内容だと云うのに、どちらも強い言葉を振翳すので派手な上におそろしく滑稽だ。寧ろ
一緒にされたくない。傍から見れば確実に一味に加えられているのだろうけれど。それに
しても二人して
能
(
よ
)
く通る声だ。余計に始末が悪い。
前にもこんなことがあったような――と、嬉しくもない
既視感
(
デジャブ
)
を覚えながら、石川が
四年席を窺おうと――。
「――黙れ小僧!」
――一人?
――古いよ。
――似てねえよ。
三人が三人とも、思わず胸中に突っ込み入れつつ声の主を仰ぎ見た。とりあえず美輪の
物真似をしたかったのだろう、気持ちしか解らない鶴の一声に周囲がどっと湧く。本来
咎める役目のずの、司会の二年まで笑っていた。何であれでスベらないんだと愕然とする
三人を尻目に、依然机の上に土足を投出した姿勢のまま、やけに厳しい表情の中原は重重
しく言い放つ。
「目玉焼きには塩胡椒で決まり。」
――被った。
衝撃のあまり、俺も俺も――と割込むことさえ出来ず、今度こそ石川は一切の言葉を
失くした。三年席から止めるんじゃないんスか――と笑い混じりの野次が飛ぶ。一番後ろ
辺りから、呆れたような声がしたのはそのときだった。
「ナ――カ――」
莫迦ども煽るんじゃないの、少し低めの奇麗な声で、
偶偶
(
たまたま
)
遊びに来ていたOB――いや
OGか――の月島が幼子でも叱るように笑った。へい、と妙に低姿勢に頭を下げて、言われも
しないのに中原はすごすごと机からも降りる。取残された感否めない石川の耳に、三年席の
女子の内緒話が飛込んで来る。
「月島さんて、四年ん時ナカさんに告ったらしいよ」
「え、マジで」
…物凄く釈然としない。
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