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「東亰大学物語(仮)」
「とにかくおれはあいつを愛してるんだ。必要とは言えないかも知れないがそれだけは
慥かなんだ」
一つ空けた隣の座布団に片膝立てて無頼らしく坐り、珍しく谷崎が酔っている。この男
北国の生まれらしく、肚には何を矯め込んでいようがそれを赤裸裸に吐露するようなことは
滅多にない。殆ど皆無と云っても善い。稀に箍が外れたように滔滔と語り出すことがあり、
その姿は平素の寡黙さも相俟って余計に直向きに映る。比較的穏やかだが反面閉鎖的な部分も
ある島と云う場所で育った、平均的な模範生である石川などにしてみれば、多少の羨望も
手伝ってあまり得意な相手ではない。酒が過ぎたか気分も
慝
(
わる
)
い。
冷たくなったお絞りを敷き、その上に額を落着けていると、斜向かいで矢張り黙黙と
飲んでいた宮沢が突然谷崎に喰ってかかった。そんなのは嘘だろ――。
「
先刻
(
さっき
)
から聞いてりゃ小難しいこと言って誤魔化してるけどな、結局全部自分の都合じゃねえか。
一方的だな。好きな子にそんな態度取れねえだろ普通」
「それは宮沢の普通だろ。誰にでも自分の常識が通用すると思うなよ」
「わかってんよそんな事!」
いつも通り不安定な発声のまま、
突如
(
いきなり
)
不明瞭な発音の宮沢がしかも至近距離で喚いたので、
卓上に臥せっていた石川は
怯気
(
びく
)
りと肩を震わせ跳起きた。途端に眉間ががりりと痛んだ。
一瞬で撃沈する。
宮沢は長く伸びた前髪の合間から既にこの世ならぬものを視ている眼を覗かせ、こちらは
やや胡乱ながらも理性の光を残した谷崎の吊り上がり気味の双眸をぎんと睨めつけた。正直
あまり怖くはない。
「解ってないじゃねえか。本当に弁えていたらそんな言い方はしねえよ。いや、出来ない、
の方が精確か」
「それだってお前の基準じゃねえか!」
「だからそういうことだろ。誰だって自分の尺度でしか生きられないさ。それでも他人を
理解しようと足掻くんだよ。見ろよ周りを。無駄なことばっかりだ」
「わッかんねえよ! 駄目なもんは駄目だし無駄なもんは無駄だろ。
一新
(
リセット
)
して頑張るにしたって
まずはそこからじゃん」
「一新一新てな。お前はすぐそんなこと言うけど、現実はゲームじゃねえんだぞ。甘っ
たれんな」
どちらの言分も解らないでもない石川は、自分の立ち位置が丁度両者の中間にあることも
理解していて、せめてひと言なりと
嘴
(
くちばし
)
を挟みたいような気もしたが悪酔いに邪魔されそれも
叶わぬ。頼みの綱と云うか最後の砦と云うか、滅法酒が強い上に見掛けより遥かに沈着な
二つ上の先輩に密かに望みを託したが、肝心のかれは少し離れた
卓子
(
テーブル
)
の端でドラえもんの
新声優陣についての不満と憂いを語り倒すのに余念がなくて、餓鬼どもの諍いなど
洟
(
はな
)
も
ひっかけて貰えなそうな塩梅だ。助太刀は望めそうにない。
「宮沢、谷崎も。よせよ、新入生が…」
「今そんな話してねえよ! ねえぞ!」
「石川に当たんなよ!」
「当たってねえッ!」
――どっちでもいいから、普通の
音量
(
ボリューム
)
で喋ってくれ。
蒼ざめた顔で
鈍鈍
(
のろのろ
)
と上体を起こし、まずは最初に声量について訴えれば善いのに、どうにか
二人を逆撫でせずに割込むべく、石川が回らぬ――またはぐるぐると回りすぎる――頭を
巡らせていた、その時のことだ。
宮沢が立ち上がって泣きそうな顔で某か主張している。そんなのは幻想なんだよお――
とか、舌足らずな声が聞こえる。谷崎も釣られるように立ち上がりざま、そんなの当たり
前だろ――と迎え討ちかけた、丁度その時でもある。
「二年――」
変声期の少年のような声とともに、固く、固く搾った真っ更なお絞りが二つばかり飛んで
来た。卓子を挟んで睨み合っていた谷崎と宮沢の頭に、それは狙い違わず
着弾
(
ヒット
)
した。
吐き気を堪えながら、石川は目線だけをどうにか動かす。
「新歓やでー忘れんなー」
岩が動いた。
つい今し方の白熱ぶりが嘘のように、谷崎と宮沢は思わず双方向かい合って席に着く。
四回生命令だからと云うよりは、俺の常識お前の常識と
侃侃諤諤
(
かんかんがくがく
)
やり合っていたところに、
いきなり一般常識をぶつけられて拍子抜けしたと云うのがより正しかった。端っこの席から
ナイッシュー中原――と別の先輩の声が飛ぶ。ピッチングやボケ、と友人をあしらって
おいて、中原と呼ばれた四回生は石川たちを順繰りに指差し歯切れ良く言い放った。
「谷崎は家飲みしろ、宮沢は酒くらい座って飲め、ほんで石川は――おまえ帰れ。」
――そんなこと言われたって立てねっス……
心の中で
弁明
(
いいわけ
)
して、石川は元通り、冷えたお絞りの上に額を着陸させた。中原は何ごとも
なかったようにまたドラえもん話に興じている。
宮沢が小さく咳をしたようだった。臥したままの石川には見えない。じっと手を見る。
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谷崎純一朗=椿屋
宮沢謙司=バンプ
石川肇=つばき
中原宙也=メレンゲ
それぞれのバンドイメージをお友達と語った結論
(ほんとすみません)
img:
ZIG ZAG
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55 STREET
/
0574 W.S.R
/
STRAWBERRY7
/
アレコレネット
/
モノショップ
/
ミツケルドット