「 君 し じ ゃ い ら れ な い 」










先週買った華奢なサンダルに、爪先を滑らせる。
7pのピンヒールをカツンと鳴らして、玄関においてある姿見で全身を見回した。
少し乱れた前髪を、ほっそりとした指先で整える。
薄い桜色に染めた指先には、シルバーのストーンが埋め込まれている。
本当は、ネイルを塗るのは芙美の方が上手いのだけど、昨日は自分一人でやった。綺麗に
なるための女の儀式は静にとってとても心地良いことだ。
彼女は美しく飾った自分がとても好きだ。

細い手首に巻いた、時計を見た。
このまま待ち合わせ場所までいくと、五分は遅刻する。
けれど、谷崎はちゃんと自分を待っていてくれるだろう。
彼が静に甘いのは、十分承知している。



人工の空の下をぐるぐると歩いた。
噴水広場の傍で食事を採って、好きな服も化粧品も見て、買った品物を谷崎に持たせて、
言った一言がこれだった。

「足が痛い、もう歩きたくない」

淡いピンク色のシフォンのワンピースをふわりと膨らませて、ベンチに座った。
少し長目の丈は、細くて形のいい静の足に沿ったり離れたりして、とても綺麗だ。自分
でも、美しく着こなせていると思う。
けれど、揃いで買った少し気の早いサンダルがどうにも合わない。かがんでよく見ると、
赤くなっていた。

「訂正するわ。歩きたくないんじゃなくて、歩かない」
「静、」

やんわりととがめる相手に視線を合わせる。

「なぁに、」

上目遣いに睨むと、谷崎は少し困ったような顔をした。普段は傲岸不遜とも言えるほど
自信に満ちあふれた彼がこんな表情をするのは自分の前だけだと静は自負している。

「このサンダルじゃ、もう歩けないわ」

これで汲み取れなかったら別れてやろうと、半ば本気で思う。

「わかったよ。頃合いのを見つけてくるから待ってて」
「頃合い、じゃ嫌よ」

にこりと笑った。
遠ざかっていく背を見る。きちんと着たシャツのラインがとても綺麗だった。シャツを
きちんと着られる背を持った男はたまらなく好ましいと思う。
微笑んで、見送る。



わざわざ函に入れてもらって持ってきた靴は、オープントゥの桜色のパンプスだった。

「ほら、脱いで」
「脱がせてよ、」

少し口をとがらせていうと、谷崎は少し目を見開いて、ため息をついた。意外と、周囲の
目を気にする男だ。けれど、その程度のものを超えられない男とも思っていない。
静の傍に座ると、彼女がうやうやしく差し出した足にそっと触れた。華奢なサンダルは
すぐに静の足から離れて、一時の開放感を味わう。
にこりとほほえみかけると、口にするまえに、買ってきた靴を取った。真剣な表情ではかせて
くれる。
こんなまじめな顔を、こんな近くで見られるのは彼女の特権だ。
はかせてもらった靴を確認するように、足首を二度動かして、彼女はささやかに眉をひそ
める。

「ヒールが低いわ」

谷崎が横で、小さく笑った。

「足が痛いんだろ?」
「だって、あたしはヒールは7pって決めてるの」

谷崎が買ってきた靴のヒールは5pだった。谷崎はちょっと首をかしげて、静の頭に手の
ひらを置いた。

「我慢なさい、」
「我慢なんか、一番嫌いなものだわ」

言って、静は立ち上がる。ふわりとスカートの裾が揺れた。そして、きつい表情のまま、
少しだけ顎をあげて、谷崎に手を差し出した。

谷崎はその手を取りながら、立ち上がる。

人工の空の下を二人、手をつないで歩いた。


***


流れる雲の下を歩く。
カツカツとヒールを鳴らしながら歩く。

「静ちゃん、おはよう」
「あ。芙美だ。おはよう」

柔らかな笑顔を向けて、静は小さく手を振る。芙美も小さく手を振り返して破顔する。

「新しい靴! 可愛いね! 静ちゃんはいつも可愛いもの着てるからなぁ」

静はにっこりと笑う。

「谷崎くんが選んでくれたのよ、かわいいでしょ?」

いつもより、少し低いヒール。
空が高く広がる。



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© あさき
img:雅楽
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