帰省










 今年は矢鱈雪の降る年だ。
 アイツのいる街も、今年は雪が降ったのだろうか。

 オレンジ色がメインのマフラーの結び目を直して、羽織ったカーキのショートコートの
袖から出た指を擦り合わせる。
 ため息混じりに吐いた息は白い。


 昨日の夜、電話をかけてきたアイツは唐突に、明日帰る、と言った。
「普通、イブに帰ってくんの? 彼女いないの、淋しいヤツ」
「いるけど、実家帰っちゃった。じゃ、十二時発の特急で帰るから」
 言って、ヤツは勝手に電話を切った。
 いつも、あたしたちの電話は短い。
 ちくりとした痛みだけが残される。
 そして、

 本当に話したい事を話したことは一度もない。


 この春に、東京の大学に行ったアイツが帰ってくるのは、これで二度目だ。一度目はお盆
だった。その時に、アイツは楽しそうに一人暮しのことを、新しい友達のことを、新しい
街のことを、大学のことを語った。
 あたしの知らない世界の事を楽しそうに。
 あたしは、地元の短大に進学した。
 変わらない暮らし、変わらない街。
 学校は違えど、世界は変わりはしない。



 あたしは、わざわざ十二時発の特急が何時にこの町につくのかを調べて迎えに来た。
 心の中で、馬鹿馬鹿しいと思いながら。
 きっとアイツは、あたしが何故ここにいるのかなど、なにも考えず、ただ幼なじみが
いるのだと、きっとそれだけしか思わない。
 駅の待合室の真っ青なプラスチックの椅子から外を見る。
 この町では、近頃珍しくなった牡丹雪が降っている。

 ――全てが真っ白に染まればいい。

 アイツが初めて女の子にバレンタインのチョコをもらったとき、あたしは結局、何も
言えなかった。
 そんなのもらわないでよ、と言うかわりに、笑いながらプリーツを握りしめた。

 野暮ったい紺のブレザーに別れを告げたあの日、あたしは結局、言えなかった。
 行かないでよ、とも、沢山帰ってきてよ、とも、会いにいくよ、とも。

 いつも肝心なところであたしは何も言えない。
 ――今日は、ちゃんと言えるかな。


 プラットホームにアナウンスが流れる。ショートブーツの爪先をぶらぶらとさせていた
あたしは小さなジャンプをするように立ち上がった。

 何にもないこの町で、あたしたちは育った。

 軋んだ音と共に、特急が止まる。
 あたしは今時珍しくなった達磨ストーブの前から離れて改札に向かった。いつもより少し
だけ歩は早い。

 ――また、髪が伸びたね。
 ――風邪なんかひいてない?

 そんな言葉は口に出されることはなくて、ただ片手を上げて合図しただけだった。あたし
を確認してアイツは笑った。その笑顔だけはあんまりにも変わらなくて、ずるいと思う。
 電車の中で寝てきたのか、少し掠れた声が転がる。
「わざわざ迎えにくるなんて、お前も暇な、」
「友達思いなんだよ」
 嘯いて駅舎を出た。
 ヤツは斜めがけにしたバッグを肩にかけなおして、眩しそうに懐かしい町を見た。ヤツは
舞い落ちる白い花を掴もうとして、掴めずに肩を竦めた。
「だっせぇ」
 あたしが小声で言うと、ヤツはあたしを睨んだ。
 それから、へらりと笑って軽々と言った。

「元気そうじゃん。ちょっと女の子っぽくなった、彼氏出来た?」

 殴り倒したい衝動に駆られる。
 同時に、泣きたいような情けなさも覚える。
 手のひらを、ぎゅっと握りしめる。

「バァカ」

 腹立ちまぐれに言う。油断したら泣きそうだった。
 マフラーに顔を埋めるようにして、中学高校と通いなれた道を歩く。

「大学でね、変なヤツがいるんだよ」
「アンタのほうが変でしょ」
 軽口を叩きながら、心の中で思う。


 新しい世界の話なんて聞きたくないよ。あたしを置いてかないでよ。
 新しい世界の話はとても眩しくて、あたしは到底敵いそうにないから。
 いつか、アンタはここを忘れてく。
 いつか、アンタはあたしを置いていく。


「俺さぁ、雪の日の空気、好き。ピンとした緊張感といいさ。東京で、たまに凄く寒い日
があると、やっぱり思い出すよ。あやねと遅刻しそうになってチャリこいでた冬の日とか」
「よく向かい風に逆らったね」

 震えそうになる口元をマフラーで隠す。

「やっぱりさ、地元って帰ってくるとなごむよね。身体にしっくりくるっていうか」

 空を見上げて、なんでもないように言った。膨らんだ斜めがけバッグ一つ分の体の距離。
 今も昔も、きっとこれからもこれ以上距離が縮まることはないのだと、悲観でもなく、
酷くフラットに思うのだけど、けれど、言った。崩れそうになる声を、無理矢理奮い
立たせて。

「じゃあ、もっと帰ってきてよ、はじめちゃん」

 少しだけ言えた本音に安堵する。
 あたしの本当の心は絶対に口に出せないから、今はこれが精一杯。
 あたしは指先が赤くなった手を擦り合わせる。
 アイツはなぜだか笑って、「なつかしい」と呟いた。

「今でも、名前で呼ぶのはあやねだけだね」

 もうどうしょもなくなって、あたしは白く染まる町を歩きながら、くだらないあだ名を
考えては口にして、懐かしい道を歩いた。


 ひらひらと舞い落ちる雪の中に真っ黒の学生服のまま飛び出して、仲間たちに笑われ
ながらも「でも、雪だよ」と掠れた声で叫んで笑っていたアイツを見たときに、あたしは
自分がそのときとても嬉しいと思っていることに、気付いたのだ。
 雪が降っていたからじゃない。
 その笑顔が見られたことを嬉しいと思っていることに。


 ――ねぇ、もっと沢山帰ってきてよ。

 この先がどこに続くのかなんて考えを無理矢理追い出して、あたしは歩く。

 ――ねぇ、はじめちゃんの新しい世界には、あたしの居場所もあるのかな?



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© あさき
img:HUE
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