授業がわからないというくせにあっさりと遅刻する。

休み時間にサークル棟に来てレポートの書き方教えてくださいという妙に丁寧なくせに甘
えが前面にでたメエルをこっそりと見て芙美は小さなため息を吐く。
石川のやたらと手がかかるところが好ましくて付き合い出したものの度重なるとさすがに
不快に思うこともある。

それでも結局、昼休みにマクロ経済学のテキストときっちりと取ったノートと参考図書ま
で図書館から借り出してサークル棟を訪れた。
ガラス張りの戸にはビニールテープでサークル名が象られている。なんでも何年か前に文
化祭の打ち上げの勢いで貼って引っ込みがつかなくなったらしい。
「石川くん?」
声を掛けながら、戸を開くと中でガタッと音がした。暖房の効いた部屋の中でファーのつ
いたカーキのコートを着た宮沢がパイプ椅子から立ち上がった。声もなく目礼される。
「石川くんは…」
「まだ、」
短く言葉を返される。手持ち無沙汰で一旦出ようかと考えた時に宮沢の口が小さく開いた。
「座れば、」
促されてパイプ椅子を引く。それを見届けると宮沢は俯いてまたシャーペンを走らせ出し
た。

「何書いてるの?」
「文章」

身も蓋もない言葉に芙美は黙っていた方がいいことを知る。石川が一番親しくしているら
しい宮沢とはあまり個人的に話したことはない。ただ酷く気難しい人だという印象があっ
た。
芙美は水色の携帯を取り出して着信を確認する。まだ石川からの連絡はない。
パタッと宮沢がシャーペンを置いた。チラリと黒猫の模様が見えて、少し意外に思った。
沈黙が落ちる。
「困ったな」
その声は吃驚するくらい情けなく響いた。低いめの声が鼓膜を気持ちよく震わせる。
「会話を思いつかない」
「書いているお話の?」
「違う。今。だって石川が来るまで退屈だろう?」
その時初めて芙美は宮沢が彼女をもてなそうとしていたことに気づいた。
「まいったなぁ」
続いた言葉に実感がこもっていて、自分の感情を隠す術をまるで知らないかのように素直
で幼かった。
芙美はくすりと笑う。自分から会話を始めようとした時に戸が勢いよく開いた。
芙美がそこにいることを全く疑ってない声が窮屈な部屋の中に明るく転がる。
「芙美ちゃーん。どうしよう。マクロが全然わかんないよっ」

狡いな、と思う。
その甘えた声と妙に無防備な笑顔を見ると無条件に面倒を見なくてはと思ってしまう。
軽い小言を言い出した時に安堵したような宮沢の小さいため息が聞こえた。




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© あさき
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