苦手な春も随分遠ざかって、ベッドと小さな机を置いただけで一杯の部屋に閉じこもって
いるのにもいい加減飽きて、外に出た。
手に持った、文化人類学のテキストは、本当にこれでいいのか確認してない。
玄関の鍵をかける時に、もしいない間に彼女がきたらどうしようか、と一瞬だけ考えた。
もういないのに。
そんなことを考えるのは、まだ微かに春の気配が残ってるせい。

ガラガラの電車に乗って、流れる車窓から外を眺める。東京だなんていうのは嘘だよなぁ、
とぼんやりと思った。目指せ東京だなんて皆で言って受験勉強をしたわりに、揃いも揃っ
て行き着いた先は東京郊外。でも一応、実家を出る時には「東京の大学に行くんです」
なんて言ったっけ。
各駅停車しか止まらない不便な駅で降りた。ちらっとホームの時計をみた。12時。学校に
ついたらまずご飯を食べなくちゃ。
硝子張りの学食はみた目は綺麗だけど、あんまり美味しくない。
ぽつぽつと授業が終わって、学生が増えていく。わずらわしいなぁと思いながら、メニュ
ーとにらめっこした。
麺類もいいけど、最近、あんまりちゃんと食べてない。カロリーの高そうなものと思って
親子丼に手を伸ばしかけて、たまねぎが嫌いなことに気付いた。
仕方ないので、レジの傍のパンコーナーで、玉子サンドと、カツサンドと紙パックの珈琲
牛乳を取った。
オレンジ色のトレイに載せて適当な場所を捜していると、目の前にひらりとレポート用紙
が落ちてきた。不可抗力で、踏んだ。

丸テーブルにトレイを載せて、白い紙を拾った。コンバースで踏んだレポート用紙には右
肩上がりの神経質そうな字が沢山詰まってた。
そこには物語があった。飛び込んでくる言葉の断片がちょっと痛々しい。多分、くせのあ
る字のせいもある。
「ごめん。」
謝りながら返すと相手は鬱陶しそうな前髪の奥で噛みつきそうな目をして、そのレポート
用紙をひったくった。

レポート用紙をひったくった彼は、相変わらずガリガリと何かを書いている。ひょっこり
と覗いたらまた睨まれた。ちょっと似たような匂いを感じて、そのまま同じテーブルにす
とんと腰掛けた。
相手は露骨に厭そうな顔をする。
「混んでるから。空いてるところないし」
言い訳すると、なにかをぼそぼそと呟いてまた彼はレポート用紙に戻る。
珈琲牛乳の紙パックにストローをさして気づいた。
相手のレポート用紙のすぐ傍にある紙コップの中身。
薄くて安い、インスタント珈琲。
「好きなの? 珈琲」
相手は胡乱な顔をした。それでやっぱりぼそぼそとした、でも響く声で言った。
「一緒に住んでる人が、」
「ふぅん」
なんでもないことのように返事をしながら、ちょっとどきどきした。声が思いの外いい声
だったのと、言葉の内容に。
ストローを深く差し込んで、口を開いた。
「彼女が作る珈琲が苦いんだよね、」
言うと、彼は煩そうに頷いただけだった。なんとなくとりのこされた気がして、付け加え
た。
「元、彼女なんだけど」
彼は顔を初めてはじめてちゃんとこっちを見た。そして、にやりと笑った。結構ヤな奴だ
と思った。





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© あさき
img:Rain Drop
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