CALL ME


手の中の携帯は鳴りもしなければ、不在着信を知らせる光も、メールの着信を知らせる光も 明滅しない。
かさついた手の中の携帯を見つめて、谷崎は小さく溜息をついた。


中原の行方が知れなくなって三週間が経つ。
一昨日には、菊名雪までいなくなった。
元来酷く不安定な平衡感覚で生きている友人の一人が心配で様子を見に行ったら無下に帰された。
それに対する怒りはない。
ただ、あのまま平衡を失い続けなければ良いと思うだけだ。

手の中の携帯電話を見る。
全てのものが死にゆく季節の、鈍い色彩の世界の中で深紅のフォルムが街の灯りを反射させた。

電話の一つでも、寄越せばいい。

それがどんなにくだらない話でもいい。
いつだって、必要とされれば応える準備など出来ているのに。

折りたたみの携帯を開くきっかけさえ与えてくれないそれをじっと見つめた。

わざわざ近況を伝えるのに価しない人間と思われているのかもしれなかった。

電話の一つでも、寄越せばいい。

**

何の前触れもなく戻った男を詰る言葉も上手く出てきはしなかった。
他人の部屋に身を投げるようにして転がった男のポケットから銀色の見慣れぬものが転がり落ちた。
拾いあげて、谷崎は眉を顰めた。
「これ、あんたのか?」
「ん? あぁ。壊れたから変えたんや。機種変もできんかった」
酷く残念そうな顔をした男を冷たく見下ろす。
「まさか新規か? 番号かわったのか?」
「そう。あ、データもとんでもうた。今、いろんな人の番号がようわからん。ついでに自分の番号 入れといて、」
「入れといてってあんたな、」
文句を言うべき相手は畳の上でくったりと俯せた。
その姿を見て、谷崎は文句を飲み込む。勘でなんとなく番号を入力していく。
「不便じゃなかったのか。携帯なくて、」
「別に、あぁでも…そういや…いややっぱいいや」
「何、」
問い返しても言葉は返ってこない。中原がこういうときは大抵、吐き出される筈だった言葉は永久に 紡ぎ出される事はない。
誰とも繋がらなくても平気だとその生み出されなかった言葉が言っているようで酷くやりきれなかった。
こんな小さな意思伝達の為の道具が全てだなどと谷崎は思わない。それにしても、目の前に転がる男が 想定しているだろう世界はあんまり寂しくて遣り切れなくなる。

誰とも繋がらなくて、
誰とも言葉を交わさなくて、
それで、あんたは何処に行く気なのだ。

「今度、」
「ん、」
「今度、なんかあったときは、良かったら電話してください。何時でもいいから」
俯せたまま中原はくつくつと笑った。
「かけるかい。お前じゃあるまいし。夜中に深遠なテツガキテキなテーマで電話してくんのやめぇよ」
「俺の話じゃなくて」
「分かった、分かった」
中原は笑いながら、今度はかけると請け合った。

そんな言葉一つが何になるわけでないと知っているけれど、それでも酷く安堵した。
何も告げずに、人が、目の前から消えていくのはもう御免だ。
自分の甘えた感傷だとは分かっている。

けれど、願わずにはいられない。
俺で良ければ、必要としてくれ。





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© あさき

img:大阪ラブポップ


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